大阪府立環境農林水産総合研究所

 

大阪府水産試験場研究報告 第6号

大阪府水産試験場研究報告   第6号

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イソゴカイの飼育生態と養殖に関する研究

吉田俊一
Studies on the biology and aquaculture of a common polychaete,Perinereis nuntia(Grube)
Syun-ichi Yoshida

大阪水試研報(6):1~63,1984
Bull.Osaka Pref.Fish.Exp.Stat.(6):1~63,1984

釣餌料として重要なイソゴカイPerinereis nuntia (Grube) の養殖を目的として、生態や生活史など基礎的研究を行ない、その知見に基づいて養殖方法の体系化を図り、量産計画を立案した。

1) 我が国のイソゴカイは形態的に P.nuntia var. vallata とP.nuntia var. brevicirris に分けられている。大阪湾のイソゴカイでは形態的相違は明瞭でなく、産卵生態に2型が認められ、分離性卵を産出する群は前者の、凝集性卵を産出する群は後者の各特徴を備えたものが多く、それぞれの生息場の底質からイシイソゴカイとスナイソゴカイと称することとした。

2) イソゴカイの成虫は多毛類の典型的な特徴を具えているが、産卵期には産卵型に変形し底質から泳ぎ出す。産卵型の虫体はhetero nereis型で、雌は緑色、雄は乳紅色になる。

3) イソゴカイの生息場は大潮時の5~11時間干出帯で、生息基盤の表面は栗石や小石でおおわれ、その下層や間隙は砂礫もしくは砂泥で、とくに泥率40%以下のところに多く生息する。

4) 卵はイシイソゴカイが沈性分離卵、スナイソゴカイは沈性凝集卵で、いずれも淡緑色の直径300μm、高さ100μmの偏平な球形である。精子は全長70μmで、頭部には先体がある。

5) 水温20~25℃でイシイソゴカイは3~7日の間に、スナイソゴカイは4~8日の間にいずれも3対のいぼ足をもつ仔虫(ネクトキータ幼生) としてふ化する。仔虫は約6日間遊泳生活を送り、この間は体内に卵黄がみられ、摂餌はしない。稚虫(5~10いぼ足)になると底生生活に移るが、棲管は形成せずに底面でほふく生活をしている。約10日間の稚虫期の後に若虫期(10~25いぼ足)となり、棲官で生活するようになる。その後、体色は成虫に近ずき、ふ化後約150日で体重0.3g、約1年で成熟し、産卵後はへい死する。

6) イソゴカイは採捕時に体が切れることが多い。再生実験では尾部は再生するが、頭部は再生しない。切断された頭部側1/4でも尾節が再生され、尾節前縁から順次体節が生じてくる。

7) 産卵は夜間、とくに日没後1~3時間の間に泳ぎながら行われる。

8) 産卵期は4~8月(水温18~28℃)の間で、盛期は5月下旬(水温23℃前後)、性比(雌:雄)は1:1.3であった。

9) 産卵は求愛行動に続いて行われ、イシイソゴカイは遊泳部2/3より後方のいぼ足の下部後側に開口する腎口から、スナイシゴカイは肛門部に開口する腎口から、卵や精子を放出する。

10) 産卵虫の体腔は卵や精子が充満し、とくに雌の卵重量は体重の56%にも達する。雌1個体の産卵数は平均約3万粒である。

11) 産卵用の親虫は、産卵期直前(3月)のものはへい死率が高いので、前年の秋季(10~11月)に採捕し、飼育水槽(60cm×40cm×15cm)に200g(約500個体) を収容して、産卵期まで投餌飼育するのが望ましい。

12) 産卵はふ化後の日間平均水温の積算値が5,500℃日以上になり、環境水温が18℃以上とくに23℃になったときが盛期となるので、水温によって産卵期が調節できる。

13) 泳ぎ出した産卵虫の産卵誘発には、飼育水槽の水温より3~5℃高い海水を入れた産卵水槽に移し、遊泳を中止した産卵虫にはスポイトの吸排による緩い噴射水流を吹付けて遊泳を促して産卵させる。

14) 成虫の飼育において干潟の底質の週期的な干満は不必要である。干出は数日間続いても生存に支障を与えない。卵が空気中に露出しても湿度が十分であればふ化率の低下やふ化した仔虫の生存に影響は見られない。

15) 飼育中の水温は、卵は7℃以下の水温を経過するとふ化せず、仔稚虫は12℃以下を経過した場合は生存に支障が認められるが、成虫では-0.8℃、45.3℃ でも生存に支障はなく、摂餌は稚虫から成虫までの間、水温12℃以上で行われる。

16) 飼育用水の塩分は、卵や仔虫では24‰(80%海水)でもふ化率の低下や仮死などの異状がみられ、成虫では8月と1月には0‰でもへい死しないが、3月 (産卵期前)には20‰(60%海水)以下でへい死する個体がみられる。高塩分側では65‰(2倍海水)でもへい死はみられない。低塩分海水中の生残個体は増重が、高塩分海水中では減重が認められた。

17) 飼育用水の溶存酸素量は常に2ml/l以上を保持すべきで、1.9ml/lに低下すると棲管内でのぜんどう運動が開始され、1.7ml/lでは体後部を砂上に出し、驚かせても逃避(潜入)をしなくなる。

18) 飼育中の海水CODの増加に対しては強い適応性を有し、51ppm(PH5、全窒素36ppm)にもなると摂餌は認められず、体後部を砂上に露出した状態となる。

19) 飼育用底質の粒子径は15mm以下であれば、成育に支障はみられない。

20) 飼育用の餌料は、稚虫にはクロレラとウナギ用飼料との等量混合物を水中に分散して沈殿するように、若虫と成虫にはウナギ用飼料を粉末のまま、止水で底砂上の水深0cmとした飼育槽の全面に散布して与えるべきである。

21) 試験養殖では、1飼育水槽当たり(60cm×40cm×15cm、底砂7cm)の中に、3,000粒の卵を収容し、稚虫用に海産クロレラ(100万細胞/ml)3lと若虫以後の飼育用にウナギ用飼料を1日2回134日間(合計321g)を与えて飼育した場合に総重量250g、約830個体が収穫できることがわかった。

22) 養殖過程を種苗養成と成虫養成に大別し、後者は箱飼い養殖、人工養殖及び自然干潟養殖の3養殖方法に体系化した。

23) 本研究で得られた諸資料から、餌料用成虫1,000kgの生産には親虫1kgを必要とするほか、種苗養成用資材として、親虫飼育水槽5槽、種苗水槽390槽、餌料のウナギ用飼料が4.1kg、乾燥クロレラが0.1kgを、成虫養成用資材として箱飼い養殖法では成虫飼育水槽3,900槽、人工干潟養殖法では養成干潟936m2、ウナギ用飼料がそれぞれ1,250kg、自然干潟養殖法では干潟面積936m2とウナギ用飼料0~1,250kgが必要である。

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