大阪府立環境農林水産総合研究所

育苗期 その1

育苗期 その1

種子の準備~消毒

<健苗の育成>
大阪府内における水稲栽培では多くの地域で稚苗機械移植が標準的に行われています。機械移植用苗の育苗には、細心の注意ときめ細かな栽培管理が必要とされます。しかし、長年の慣れや反対に技術の未熟さからくる安易な作業等で、は種、温度、水管理等に適切さを欠いて、せっかくの苗の苗質の低下や病虫害の発生が見られることも多くなっています。
そこで本章では、最低限押さえておきたい健苗育成技術の基本についてまとめてみます。

<移植用水稲苗の種類>
稚苗と中苗

稚苗とは葉齢2~2.5葉(葉身のない不完全葉を含めずに本葉のみ数える場合。研究者と違い一般にはこの数え方で苗の生育ステージを表す。以下当手引きではこの数え方を基本とする。)で、まだ種籾の中の胚乳が一部残っていて、活着にその養分を利用することができる状態の苗をいう。
中苗とは葉令3.5~4.5葉の苗で、籾の中の胚乳はすでに無くなっており、稚苗と成苗(5~6葉)との中間の葉齢である。播種量を少なくし、中苗用に計画的に育苗された苗のことである。最初は稚苗用として育苗し始めたのに田植がなにかの事情で遅れたため育苗日数が伸びてしまい、しかたなく葉令が進んでしまったような苗は中苗とは呼べず、「老化苗」と呼ぶべきものになる。
府内では稚苗を主に使用することが多いが、稚苗移植が適用しにくい地域やほ場、たとえば中山間部で気温・水温が低く稚苗では収穫が遅れる地域や均平度の低い水田や前後作の関係で収穫を早くする必要のある場合などには中苗を利用することもある。
しかし稚苗に比べると育苗期間が長くなり、胚に養分の無くなる離乳期以降に生育障害が出る危険性も増すので、その育苗にはより周到な緻密な管理が必要となる。
過去の当研究所の試験結果(下表)を見てもわかるように、少なくとも本府平坦部においては中苗を用いても収穫を早める以外のメリットは余り無いと考えてよい。通常は稚苗を用いるようにしましょう。

 稚苗移植と中苗移植の収量と熟期

<移植直前の稚苗の姿 2.2葉期>

 移植直前の稚苗の姿 2.2葉期

  • 緑化期に高温にさらされると徒長苗(ひょろひょろ)になりやすい。
  • 徒長した長い苗の方が水没しにくく田植えが楽なので農家受けが良いこともあるが、水稲の生育生理からすると徒長苗は考え物。ずんぐりした、たくましい苗の方が後々の生育が良いことが多い。
  • 12cmの苗は実際に手に取るとびっくりするほど短い。一度自分の苗に物さしを当ててみてその長さを測ってみよう。

<種子の準備>

水稲の種子を長年にわたり自家採種し続けていると品種特性の劣化、混種や変種が起こることがある。そのためできるだけ採種ほ産の証明書付の購入種子を利用して種子更新をしましょう。
特に「JA米」に代表されるような種子更新基準のあるものを栽培出荷しようとする時は当然ながら基準を遵守し、種子更新すること。
自家採種する場合は、出穂期頃からほ場内をチェックし、病害虫の発生していない場所を探して目印をつけておき、そこから採種します。なお2~3年に一度は購入種子でリフレッシュ更新をしましょう。自家採種を長く続けていると変異、変種、混種でだんだん生育にばらつきが生じてくる恐れがありますが、購入種子は都道府県の指定ほ場で厳密な審査の上生産されているとともに、その2世代前の原原種を生産する時に系統選抜されており、純粋性がより高くなっています。

種子の準備量

水田10aあたり(苗箱20枚使用、1枚あたり籾150g播種として塩水選等による選別ロスも見込んで)約3.5kgの種子籾を準備する。

種子の脱芒・風力選別

購入種子は脱芒、選別処理済のものが多いが、未選別の種子を用いる場合は事前に脱芒機、唐箕等を用いて空籾、小枝梗、芒等の不純物・ゴミを取り除いておく。

 種子の脱芒・風力選別

塩水選

籾を塩水に漬け比重選別をして軽くて浮く病害虫被害粒や充実不足の籾を除去することを塩水選という。
比重1.06~1.08の塩水に乾いた籾を漬けて手早くかき混ぜ、浮いた籾やゴミを取り除き、沈んだ充実した籾を回収する。
選別後は水道の流水で念入りに水洗し、塩分が籾に残留しないようにする。
食塩は意外と高価なので安い単肥である硫安を使って塩水を作った方が安上がりですむ。硫安なら肥料なので使用後の廃液を薄めれば野菜や花の液肥に再利用することも可能で、塩廃液処理の心配がいらない。ただし水稲苗の潅注用液肥には再利用しないこと(消毒前の籾を漬けてるので万が一の病害虫感染拡大があってはならないため)。
籾がサラン網袋にゆったりと入ってる場合は網袋ごと塩水に漬け、「料理用天かすすくい金網」で手早くかき回し、浮いてきた籾を網ですくい取ると手早く楽にできる。その後、袋ごと引き上げて口をくくった後流水にさらし、塩分を良く洗い流し、水切りをする。

塩水選の比重と塩類の量の目安

種子消毒

種子感染する「ばか苗病」や「いもち病」のような病気や「イネシンガレセンチュウ」などの害虫の被害を予防するため必ず種子消毒を行う。購入種子であっても消毒済のものを買ったのでなければ必ず必要である。
種子消毒には主に薬剤を用いた「農薬による種子消毒」と温湯を用いた「温湯消毒」の2種類がある。近年、エコ環境保全型栽培のために薬剤を用いなくてすむ温湯消毒の実施率が増えつつある。

農薬による種子消毒

  • ばか苗病、いもち病、ごま葉枯れ病のような糸状菌(カビ)による病害
  • もみ枯細菌病、褐条病のような細菌性病害
  • イネシンガレセンチュウのような害虫(線虫害)

これらが代表的な種子伝染性病虫害であるが、それぞれ有効な農薬成分が違う。
カビと細菌に対する殺菌剤(テクリードCフロアブルやベンレートT水和剤、スポルタックスターナSE等の化学農薬やエコホープなどの生物農薬)と線虫に対する殺虫剤(バイジット乳剤やスミチオン乳剤等)を混合して使うのが一般的である。
使用法は農薬の種類によって異なるので、詳しくは農薬のラベルの記載や指導機関の指示に従って欲しい。
共通する基本的な事項として10℃以下の低水温では籾の吸水力が落ち、薬効が不十分になることが多いので、低温時は浸漬時間を限度いっぱいまで伸ばす等工夫が必要である。また剤によって異なるが薬剤消毒後は軽く風乾して薬剤を固着させておくとさらに効果が高まることが多い。

水稲種子籾温湯消毒

乾燥籾を60℃の温湯に10分間浸漬することで、熱消毒で種子伝染性病害を防除する温湯消毒はかなり以前から技術としては存在し、一部農家で実践されていましたが、一定の温度を均一に種子へ与えることが難しく、発芽不良等の事故や消毒効果不十分を起こしやすいという欠点がありました。
近年、各メーカーから事故の心配が少なく安心して防除できる装置が開発されています。

温湯消毒の特徴

  • 化学農薬を使用しないため、廃液処理がしやすく環境負荷を軽減できる。
  • エコ栽培等減農薬栽培に取り組みやすくなる。(総農薬使用成分数を2~3成分減らすことができる。)
  • 装置への初期投資が必要ですが、農薬代はかからないので共同利用等で経費を節減できる可能性があります。
  • きちんと処理すれば種子伝染病害虫のいもち病・ばか苗病・イネシンガレセンチュウ等はほぼ確実に防除できます。ただし細菌性の病害のひとつである「イネ褐条病」には効果が劣ります (下記参照)。万能技術というわけでは無いので注意しましょう。

温湯消毒の方法

必ず乾燥した籾を使ってください。すでに吸水して芽の動き出した籾を60℃温湯に漬けるとすぐに死んでしまうので絶対不可。網袋に半分くらい余裕をもってゆったり入れ、温湯殺菌できる装置のお湯に10分間浸漬し、引き上げ後ただちに冷水で冷やしてください。(60℃10 分または58℃15 分が適当です)時間を正確に計るとともにお湯の中でよく揺すって全体の温度が均一になるように注意します。
冷却後はそのまま浸種・催芽に移行しますが、播種までに期間をおく場合は脱水し風乾してください。

温湯消毒の特徴

注意点

処理後風乾した籾は水分15%以下の乾燥状態で、通気性のよい温度変化の少ないところで保管してください。乾燥して15%以下で保管すると3ヶ月は保存できます。
消毒済みの種籾は、化学農薬による消毒と異なり、残留する消毒効果は全くなく、冷却以後の病害虫の感染に対して無防備です。2次汚染には十分注意すること。
また一度温湯消毒した籾に、二度処理はしないでください。発芽率が低下します。

もち品種の注意点

もち米は品種によって温湯処理による発芽率低下が大きいので注意が必要です。少量でテストしてから本番を行ってください。ちなみに大阪府奨励品種のモチミノリは60℃10 分処理なら問題ないことを確認しています。

イネ褐条病とは

出芽直後から葉鞘や葉身に幅1mm程度の褐色条斑が現れ、苗の生育とともに上位の葉鞘や葉身へ進展する苗の病気です。生育初期に症状が現れた苗はそのうち枯死する場合が多い。また枯死しなくても鞘葉や葉身が湾曲変形したり、奇形を生じるものもある。発生は坪枯れ状になることはなく、並んだ苗箱全体に平均的に発生する。
病原はPseudomonas avenaeという細菌で、主な伝染源は罹病種子からの種子感染である。
催芽~緑化期に高温多湿となる施設育苗での発生が多く、特にシャワー循環式催芽機(ハトムネ催芽機)を用いると、高温と浸漬水の循環による酸素の補給によって本病菌の増殖に好適な条件が整うために発生が多くなると考えられている。種子籾温湯消毒では本病菌の殺菌が不十分で消毒しきれず発生が目立つことがある。
被害のひどい苗は移植後に枯死する。枯死せずに生育した苗の病徴は分げつ期には完全に消失し、生育は健全株と同等に持ち直すため、ほ場では保菌しているかどうかを判別できない。また種子伝染性であるが、籾に病徴を現さず、稔実程度も健全籾と差異がないため、塩水選や風選では保菌種子の除去もできない。
防除対策としては銅含有種子消毒殺菌剤(テクリードC等)や食酢のような酸による種子消毒に効果が認められる。器具や用水をケミクロンG等資材消毒薬で入念に殺菌することも重要である。

イネ褐条病の初期病徴(2008.6 大阪)

 イネ褐条病の初期病徴(2008.6 大阪)